すなわち経常収支の赤字を上回る資本収支の黒字という構図を実現していた米国金融資本主義の限界がサブプライム問題によって露呈し、過剰なマネーゲームの虚構性が明らかになるにつれ、世界秩序における米国の求心力、指導力は急速に低下していった。
指導者が持つべき最小限度の理念的正当性の喪失である。
おそらく今世紀に入って米国が失った最大のものは「理念性」であった。
オバマの登場によって米国はこの「理念性」を取り戻すことができるであろうか。
4月のG20金融サミットと欧州歴訪、北中南米三四ヵ国の首脳が参加した米州首脳会議を通じ、
オバマ大統領は、「対話と協調」という姿勢を明らかにし、米国の一極支配ではなく、多極化し無極化しつつある世界への理解を示した。しかし、オバマ政権の道のりは険しい。
「イラク撤退」を明示しながらも、軍の最高指揮官として「弱腰」との指弾を回避するためか、オバマはアフガニスタンへの増派と「テロとの戦い」の継続を表明している。
しかしアフガニスタンが「オバマのベトナム」となる可能性も否定できない。
今世紀に入りユーラシアの地政学が変化している。9・11後、アフガニスタン攻撃を想定して確保した中央アジアの二つの米軍基地は、ウズベキスタンに続きキルギスタンからも撤退要求を受け今秋までには閉鎖となる。
背後には中国とロシア、中央アジア諸国の連携機構である「上海協力機構」が、米軍基地の存続を
拒否し始めたという事情がある。米国が擁立したともいえるカルザイ政権もロシアへの接近を試み、
再びロシアがアフガニスタン問題での主導的立場を求めつつある。また、アフガニスタンの安定には
パキスタンの安定が不可欠であるが、親米のムシャラフ政権を失い、潜在的には根強い反米感情を
抱くイスラム国家パキスタンへの影響力を高めることは容易ではない。
「何故アフガニスタンは混迷を続けるのか」という認識がなければ、泥沼地獄に引き込まれていくで
あろう。「テロリスト」が民衆の支持に埋め込まれている限り、大国の介入は決して成功しない。
イラク・アフガニスタン問題の解決に踏み込むならば、それは「アメリカというメカニズム」の構造転換を迫るものだと気付く。換言すれば、「戦争をしなくとも飯が食える国」になれるのかということである。
独立戦争を経て19世紀のアメリカは「海外紛争には巻き込まれたくない」という所謂モンロー主義に
こだわり、3回しか対外戦争をせず戦死者は約4000人であった。
20世紀のアメリカは第一次大戦への参戦以来血まみれの世紀を送り、「戦闘・爆撃した国」は19、
米軍兵士の死者も計43万人に達した。
そして21世紀初頭の8年で19世紀の100を上回る屍を積み上げたのである。
米国はこれらの死者を「自由の戦士」と呼ぶ。
しかし私には「戦争なしには生きられなくなった国」の犠牲者に思われる。
「オバマのベトナム」としてのアフガニスタン 〜多摩大学学長 寺島氏の記述から〜
指導者が持つべき最小限度の理念的正当性の喪失である。
おそらく今世紀に入って米国が失った最大のものは「理念性」であった。
オバマの登場によって米国はこの「理念性」を取り戻すことができるであろうか。
4月のG20金融サミットと欧州歴訪、北中南米三四ヵ国の首脳が参加した米州首脳会議を通じ、
オバマ大統領は、「対話と協調」という姿勢を明らかにし、米国の一極支配ではなく、多極化し無極化しつつある世界への理解を示した。しかし、オバマ政権の道のりは険しい。
「イラク撤退」を明示しながらも、軍の最高指揮官として「弱腰」との指弾を回避するためか、オバマはアフガニスタンへの増派と「テロとの戦い」の継続を表明している。
しかしアフガニスタンが「オバマのベトナム」となる可能性も否定できない。
今世紀に入りユーラシアの地政学が変化している。9・11後、アフガニスタン攻撃を想定して確保した中央アジアの二つの米軍基地は、ウズベキスタンに続きキルギスタンからも撤退要求を受け今秋までには閉鎖となる。
背後には中国とロシア、中央アジア諸国の連携機構である「上海協力機構」が、米軍基地の存続を
拒否し始めたという事情がある。米国が擁立したともいえるカルザイ政権もロシアへの接近を試み、
再びロシアがアフガニスタン問題での主導的立場を求めつつある。また、アフガニスタンの安定には
パキスタンの安定が不可欠であるが、親米のムシャラフ政権を失い、潜在的には根強い反米感情を
抱くイスラム国家パキスタンへの影響力を高めることは容易ではない。
「何故アフガニスタンは混迷を続けるのか」という認識がなければ、泥沼地獄に引き込まれていくで
あろう。「テロリスト」が民衆の支持に埋め込まれている限り、大国の介入は決して成功しない。
イラク・アフガニスタン問題の解決に踏み込むならば、それは「アメリカというメカニズム」の構造転換を迫るものだと気付く。換言すれば、「戦争をしなくとも飯が食える国」になれるのかということである。
独立戦争を経て19世紀のアメリカは「海外紛争には巻き込まれたくない」という所謂モンロー主義に
こだわり、3回しか対外戦争をせず戦死者は約4000人であった。
20世紀のアメリカは第一次大戦への参戦以来血まみれの世紀を送り、「戦闘・爆撃した国」は19、
米軍兵士の死者も計43万人に達した。
そして21世紀初頭の8年で19世紀の100を上回る屍を積み上げたのである。
米国はこれらの死者を「自由の戦士」と呼ぶ。
しかし私には「戦争なしには生きられなくなった国」の犠牲者に思われる。
「オバマのベトナム」としてのアフガニスタン 〜多摩大学学長 寺島氏の記述から〜
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